自作キーボード入門用語集 2020
この記事では、自作キーボードを構成する要素とよく聞かれる用語を列挙しながら、2020年に自作キーボードに入門するための基礎知識をできるだけ網羅的に紹介します。
- 外出自粛もあってお家でできる趣味や娯楽を求められている方
- 新年度・新生活も 1 ヶ月が経ち会社や学校に馴染んで新しいことを始めようという方
- 自作キーボードって言葉を最近よく聞くな~と言う方
- 自作キーボードをはじめようと思っている方
- 自作キーボードのより深い情報を知りたい方
向けに、今自作キーボードの何が「アツい」のか旬のトレンドも交えつつ、自作キーボードでよく聞かれる用語に簡単な文脈と説明を与えることを目標としています。
目次
以下では、知識が広げられるようポイントとなる用語に Google での検索リンク をつけました。また、その用語の 深度 を ♨ マークの数 (1 ~ 3) で表示しています。♨ が 1 個のものは入門する際に知っているといい用語、♨ が 2 個ないし 3 個のものはより深い高度な用語・トピックになっています。♨ が 2 個以上のものについてはよくわからなければ読み飛ばしてもらって大丈夫です。そもそも量が多いので、全てを理解しようとしなくて大丈夫です。
この記事だけではすべての項目について詳細に解説をつけることはできないですが、自作キーボードについてより深く知りたいとき、わからない用語や概念が出てきたときに、調べるためのきっかけや相互の関連性を整理するための道標として役立てていただければ幸いです。
自作キーボードの構成
まずは自作キーボードの一般的な構成要素から紹介していきます。以下の図は自作キーボードの主要なパーツを表した図で、キーボードによって多少の違いはあるものの、基本的にはどのキーボードでもほぼこういった構成になっています。
特にこの中でも、プレート・基板・ケースの3つをまとめてキーボードキットとして取り扱う事が多く、この記事では ♨キーボードキット、♨♨プレート、♨♨基板 (PCB)、♨ケース、♨キースイッチ、♨キーキャップ の6種について、それぞれの概要や関連用語、カスタマイズのトレンドを紹介していきます。
キーボードキット
♨キーボードキット は、大きく 2 つのカテゴリに分けられます。一つは、日本でよく見られる電子工作キットに近いスタイルの ♨自作キーボードキット で、もう一つは海外で主流となっている、金属筐体など比較的工業生産的な半完成品のパーツを組み合わせて作る ♨♨カスタムキーボード です。
自作キーボードキット
おそらく、読者の方々が思う自作キーボードのイメージは ♨自作キーボードキット の方で、2016 年頃から日本国内で主流のスタイルとなっています。個人製作のものが多いため、アクリルなどの比較的安価かつ加工がしやすい材料を用いていることが多いです。各製作者から、様々な形状や機能を備えた多様な自作キーボードが次々に登場していることが大きな特徴です。
カスタムキーボード
海外キーボードコミュニティ (♨♨reddit の ♨♨r/MechanicalKeyboards や ♨♨geekhack、 ♨♨keebtalk ) などで支持が厚いのが ♨♨カスタムキーボード (Custom Keyboard) です。左右分離型など個性的な形状が多い自作キーボードキットに対して、一般的なキーボードの形状を出発点に、よりよい キーボード体験 を求めるムーブメントです。打鍵感や打鍵音、デザイン、設計者のブランドなどを重視して、アルミや真鍮といった金属を加工した高級なものから、カスタマイズ性とコスパに優れた標準的な設計のものまで幅が広いのが特徴となっています。
打鍵音の心地よさからカスタムキーボードの打鍵動画の人気も高く、そういった動画を多数投稿している ♨♨Taeha Types (Nathan Kim) の YouTube チャンネルなどが存在しています。
これらのキーボードキットに共通する主要なパラメータに ♨物理キー配列 が挙げられます。物理キー配列は文字通りキーの物理的な並べ方のことで、キー数による分類、♨左右分離型 や ♨一体型 といったキーボードの形状による分類、♨Row Staggered (一般的なキーボードのように行がずれる配列) のようなキースイッチのレイアウトを示す分類、の 3 つに大別できます。
キー数
自作キーボードではキー数についても従来の常識にとらわれず自由に設計できます。フルキーボード等と呼ばれる US 104 キーボードのキー数である 104 キーを 100 % として、パーセンテージでおおよそのキー数を表現することが慣例となっています。例えば、32キーの ♨Treadstone32 であれば ♨30 % キーボード、といった具合です。また、テンキー部分をなくしたものを ♨♨TKL (TenKey Less)、Windowsキーに相当する位置のキーをなくしたものを ♨♨WKL (Win Key Less) と呼ぶなど、特殊な呼び方も存在しています。
形状
特徴的な外見で日本で一躍人気を博したのが ♨左右分離型 です。市販品の左右分離型キーボードもなくはないですがまだまだ珍しいため、左右分離型のキーボードといえば自作キーボード、という向きもあるかと思います。両腕を広げ、胸を開いた自然な姿勢で打鍵できることがメリットとされています。
逆に「普通のキーボード」となるのが ♨一体型 です。左右分離型の特徴やメリットを考えると、自作でわざわざ一体型を作るにはメリットは一見なさそうに思えますが、膝の上に置いて使えることや、デスク上を従来のキーボードと同じようにレイアウトできるなどの理由から根強い人気があります。
キースイッチのレイアウト
キースイッチのレイアウトでは、通常のキーボードのように行方向 (Row) にずれる様に (Staggered) キーを並べた ♨Row Staggered、人間の手の形に配慮して列方向 (Column) にキーをずらした ♨Column Staggered、縦横をずらさず碁盤の目状にキーを配置した ♨Ortholinear (格子配列)、指の動きに着目して行方向にキーをずらした ♨♨Irregular Row Staggered や ♨♨Symmetric Staggered、Microsoft Ergonomic Keyboard に似たレイアウトで近年注目の ♨♨Alice配列 と言われるものなどがあります。
プレート
キースイッチを固定・安定させるためのパーツが ♨♨プレート で、♨♨マウントプレート と呼ばれることも多いです。打鍵感や打鍵音に影響するパーツで、現状では柔らかいほうが打鍵感が優しく、好まれる傾向にあるようです。
材質としてはアルミや真鍮といった金属の他、アクリルやポリカーボネート、基板の材質である繊維強化プラスチック (FR4) などもよく用いられています。柔らかな打鍵感を高めるために、プレートにスリットを入れたり、部分的にプレートのない部分を作ったり、そもそもプレートを入れない場合もあります。
タクタイルやリニアといったスイッチの特性によって相性のいいプレートが異なるとも言われており、キーボードキットによっては複数の選択肢が用意されていることもあるので、マウントプレートのオプションがあるか確認してみるといいでしょう。
基板(PCB)
キースイッチの入力状態を読み取るための回路を印刷した板が ♨♨基板 (PCB) です。スイッチと ♨♨マイコン、USB ポートと ♨♨マイコン をつなぐ回路や LED 用の回路が印刷されており、これに各種電子部品をはんだ付けをします。基板自体のカスタマイズ性はほとんどありませんが、同一の形状の基板でも事前に電子部品がはんだ付けしてある ♨はんだ付け不要のキット も最近では出回っているので、はんだ付けに不安がある場合そういった点に着目して選んでみてもいいかもしれません。
ケース
♨ケース はキーボードの回路を保護する他、外見としての美しさや打鍵感・打鍵音に影響する重要なパーツです。日本では、簡易的ながら比較的安価で実用十分なアクリル製の ♨♨サンドイッチケース が多くなっています。カスタムキーボードではアルミ削り出しで作られた ♨♨トップマウントケース や、最近採用例が増えている ♨♨♨ガスケットマウントケース、その他にもポリカーボネートや木を削り出したケース、最近では3Dプリントケースなど、非常に多様な形状・材質のものがあります。
基本的には、重く剛性の高いケースほど打鍵時の不要な振動が抑えられて好まれる傾向で、カスタムキーボードでは ♨♨真鍮の重り がわざわざ追加されていることも多いです。最近ではアクリルや繊維強化プラスチック(FR4)など比較的軽量な ♨♨サンドイッチケース に ♨♨鉛板 を貼るなどのカスタマイズも登場しています。
また、基本的にはキーボードのケースはキーボードキットに固有ですが ♨♨GH60 と呼ばれるキーボード基板とその互換基板 (♨DZ60 など) は交換用のケースが数多く出回っており、手軽にドレスアップすることが可能になっています。
キースイッチ
自作キーボードにおいて打鍵感を左右する非常に重要なパーツが ♨キースイッチ です。もともと「赤軸」など軸の色で種類が呼び分けられていたことから ♨軸 とも呼ばれます。現在主流となっているのは、メカニカルキースイッチのデファクトスタンダードとなっている ♨Cherry MX シリーズの互換製品と、薄型スイッチである ♨Kailh Low Profileスイッチ、通称 Choc スイッチです。
メカニカルキースイッチといえば、長らく Cherry MX の赤・茶・青・黒の打鍵感の異なる 4 種類の軸が主流でしたが、最近では中国メーカーを中心に Cherry MX 互換のキースイッチだけでも 100 種類近いものが販売されており、以前とは状況が大きく異なってきています。ここでは、これだけ多くのスイッチを分類するためのパラメータである、♨♨キーの感触 (フォースカーブ)、♨荷重、♨静音、♨♨♨なめらかさ の 4 つについて簡単に紹介していきます。
キーの感触(フォースカーブ)
キースイッチの主要なパラメータとしてキーの感触があり、大きく ♨リニア・♨タクタイル・クリッキー の 3 種類に分けることができます。
♨リニア はスイッチを押し込む際に引っかかりがなく、他にないなめらかな打鍵感が特徴となっています。名前の通りスイッチを押し込む際の ♨荷重 (スイッチを押すのに必要な力) の変化が一定で、入力される点 (♨♨作動点) での荷重変化がなくフィードバックがない、他のスイッチにはないメカニカルキーボード特有の感触となっています。Cherry MX でいうと赤軸や黒軸が相当します。
対して ♨タクタイル は作動点付近で荷重が一旦重くなった後一気に軽くなって「スコン」と落ちるような感触 (バンプ) が特徴的なスイッチです。打鍵時に明確に押したことがわかるフィードバックがあり、とっつきやすいスイッチになっています。Cherry MX でいうと茶軸が相当します。
♨クリッキー はタクタイル同様にバンプを持ち、バンプを超えると同時にカチッというクリック音が鳴ることが特徴のキースイッチです。キーの感触だけでなく、音によるフィードバックもあるため「入力している感」が強くたのしいスイッチですが、かなりうるさいためオフィスや学校などで使用する際には周りの人にも気を配ったほうがいいでしょう。
これらの感触について定量的に表現したものが「フォースカーブ」で、キースイッチによってはデータが公開されています。横軸はスイッチを押し込んだ距離、縦軸は押し返してくる力 = 荷重です。キースイッチのフォースカーブには向きがあり、右向き矢印が押し込むとき、左向き矢印が離すときを表しています。下のグラフを見ると、リニアの変化の少ない押し心地やタクタイルの「バンプ」を目に見ることができるかと思います。
荷重
キースイッチが入力される ♨♨作動点、または ♨♨底打ち に必要な押し込む力が ♨荷重 で、通常 g (グラム) ないし cN (センチニュートン) で表されます (ものすごく大雑把に言えば g と cN はだいたい同じと思っていいです (あくまでだいたいです))。荷重はキーの感触とは独立で、リニアでもタクタイルでもクリッキーでも、軽いスイッチから重いスイッチまで様々なバリエーションが存在し、「リニアの60g」「タクタイルの45g」のように表現します。荷重は主にスイッチ内のスプリングの強さで決まり、作動点で 45 g 程度、底打ちで 60 g 程度が標準的とされているようです。海外では比較的重め (作動点で 45 ~ 60 g 程度) のものが好まれる傾向にありますが、日本国内では 45 g より軽い 35 g や、人によっては 25 g など非常に軽量なスイッチを好む人もいます。
最近ではこのスプリングにも様々な種類が登場し、スプリング単体での購入も可能となってきました。押し込む距離が長くなると荷重が大きくなる ♨♨♨プログレッシブスプリング や、押し始めから底打ちまで荷重変化が少ない ♨♨♨スロースプリング など、新しい選択肢が増えてきています。
静音
通常のメカニカルスイッチはプラスチック部品がぶつかるため少なからず「カチャカチャ」といった音が出ます。それに対して、プラスチックがぶつかる部分にゴムなどを配置した ♨静音スイッチ というバリエーションが存在する場合があります。音が気になる場合には検討してみるとよいでしょう。ただし、ゴムパーツによって底打ちの打鍵感などに影響があるため、実際に触ってみて検討をしたほうがいいかもしれません。クリッキースイッチはもともと意図的に音を出しているため、静音スイッチというものはありません。
なめらかさ
これらのキースイッチに関する最新の、そして最も注目されている要素がなめらかさです。近年非常に多くのスイッチがリリースされている理由の一つが、このなめらかさの追求と言っても過言ではありません。一見どれも同じように見える Cherry MX 互換スイッチですが、メーカーによって設計や部品選定の違い、製造時期による品質のばらつきなどによって打鍵感に差がでてきます。一般に、摩擦感や引っ掛かりのないなめらかな打鍵感がよいとされており、悪い打鍵感のことを「このスイッチはガサガサする」などと表現することがあります。最高の打鍵感を求めて日々なめらかなキースイッチが研究されていますが、なめらかさはスイッチの種別だけでなく複数のパラメーターが絡み合っているため簡単には説明できないことも多いです。
最近では ♨♨♨金型の状態、♨♨♨プラスチック素材、♨♨潤滑 (ルブ)、♨♨♨スイッチパーツの組み合わせ (キメラ)、♨♨ガタツキを減らすフィルムの追加 (スイッチフィルム) など、スイッチのなめらかさとそのカスタマイズについて日夜議論がなされています。
なめらかなスイッチとして評価が高いものを一部例示しておくと、比較的高価なスイッチを製造販売する ♨♨ZealPC の ♨Tealios や、♨Gateron の ♨Ink シリーズなどが挙げられます。また、最近ではキースイッチを分解して潤滑剤を塗布することで動作をなめらかにする ♨♨潤滑 (ルブ) も非常に人気が高まっており、以前は入手困難だった潤滑剤や、ルブのためにキースイッチを開けるための ♨♨スイッチオープナー や ♨♨ルブステーション など、ルブに関する様々な製品が登場してきています。
キーキャップ
キーボードの顔とも言える存在が ♨キーキャップ です。自作キーボードでよく用いられる Cherry MX 互換スイッチはキーキャップを取り付けるための軸部分が共通になっており、多くの個性的なキーキャップを取り付けられます。キーキャップはキーボードの見た目を大きく変えることもさることながら、指が直接触れる場所でもあるため打鍵感にも大きな影響がある重要なパーツとなっています。
キーキャップの材質としては、♨ABS 樹脂 と ♨PBT 樹脂 がよく使われます。ABS 樹脂は発色が鮮やかで加工性がよく二色成形に向くなど見た目に優れた性質を持ちますが、耐久性が低く摩耗してテカテカになりやすい欠点があります。PBT 樹脂は逆に高い耐久性・耐摩耗性をもち美観が保たれやすいですが、加工性が低く高価格になりがちなところがあります。それぞれ手触りや打鍵音に影響し、ABS はツルツルした手触りのものが多く軽めの打鍵音で、PBT はサラサラとしたマットな手触りのものが多く「コトコト」といったやや落ち着いた打鍵音になりやすいのが特徴です。
また、形状として ♨♨DSA、♨♨DCS、♨♨SA、♨♨Cherry、♨♨OEM、♨♨XDA、♨♨MDA、♨♨KAT、♨♨KAM … などなど、♨プロファイル と呼ばれる多くの分類があります。行ごとに階段のような段差のあるもの (♨ステップスカルプチャ Step Sculpture)、指が触れる面が円筒状にへこんでいるもの (♨シリンドリカル Cylindrical) や球形にへこんでいるもの (♨スフェリカル Spherical)、キートップの面積の広さ、キーキャップの高さなどに特徴があり、それぞれのプロファイルが各々に特色を打ち出しています。指の触覚は想像以上に正確なので、同じキーボード、キースイッチだとしても、プロファイルを変えることで様々な変化が楽しめるポイントです。
これらのキーキャップは現在、通常の販売のほか ♨♨Group Buy と呼ばれる共同購入で期間限定・数量限定で生産されることが多く、好みのデザインのものを逃してしまうと入手不可能になってしまう場合もあり注意が必要です。Group Buy を通して高品質なキーキャップを製造しているメーカーとしては ♨♨GMK や ♨♨Signature Plastics (SP) が、Group Buy の ♨♨プロキシ販売サイト (代理販売) としては ♨♨zFrontier や ♨遊舎工房 が、Group Buy の企画・告知環境としては ♨♨geekhack 等のコミュニティサイトがそれぞれ有名です。
まとめ
自作キーボードを構成する要素とよく聞かれる用語を、その構成をなぞりながら駆け足で紹介しました。近年盛り上がっているトピックも盛り込んだため、一読しただけではすべての情報を追いかけることは難しいと思いますが、ぜひ自分が気になるトピックを見つけて、2020 年の自作キーボード入門のきっかけ、また新たな領域の開拓の道標として活用していただければ幸いです。
おしまい。